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発行者:福島 宏

電話:(096)354-8439
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総事業費31億円 ヒートした受注合戦終焉
佐藤市長 天の声説

 阿蘇市が四月下旬に入札を予定している「光ネットワーク整備事業」に係わる発注について「きな臭い噂」が業界に広がっている。阿蘇市は総務省が提唱する全国を光ネットで結ぶ情報網の整備に応えた形で本年度から整備事業を予定している。産山村と共同事業を謳うが、主導権は阿蘇市が掌握して計画が進められている。

  阿蘇市は「阿蘇市と周辺部の光ネットワーク網の整備が遅れており、民間事業頼りでは今後も他都市に後れをとる」と整備事業を正当化している。しかし、住民の多くは「こんな田舎で光通信網を必要とする人が人口の何%居るのか。市が調査したと聞いた事がない。パソコンなど普通に使用している人達はADSLで充分と云っている」と多額の費用投入に疑義を呈している。三十一億円の費用の内総務省などからの補助金は約九割だが、財政難の阿蘇市にとって三億余の支出は「かなりの負担」と地元市議。

  事業計画、予算案は既に議会を通過しており、昨年九月には基本設計を九電系列のニシム電子工業褐F本営業所に発注している(競争入札、落札率九〇%以上)。本年一月には、同社に「阿蘇市、産山村光ネットワーク整備事業実施計画委託を四九七七万円で発注(落札率九六%前後)。四月下旬に行われる入札では「既に落札業者は決っている」というのが業界の定説で、大手業者営業担当など「昨年から某社を選んでいるとの情報を得たので以後営業を掛けるのは諦めている」と、はっきり落札業者を名指した。設計会社と本体施行会社の間に「管理会社を入れなければならないが、それも行っていない」と業者は怒る。


阿蘇市 学校警備保安業務
安値落札で大丈夫か

 阿蘇市発注の大型事業は別項で書いた様に高値落札が常態となっている。一千万〜三千万台の中型?事業も高率の落札が続いている。例えば本年三月に行われた市立中通小学校プール改築工事は、予定価格三、七一三万余は三、六五四万円でY工務店。市道改良工事予定価格一、六七六万円に対し落札価格は一、六四八万余と落札率は九八%である。落札者はI建設。明らかに談合と疑うに足る高率である。反面、子供達の安全に結びつくと思われる保育園、小中学校の警備管理業務委託の入札は業者の叩き合いである。小学校管理業務委託は、予価二七六万円に対し落札一〇八万円余。中学校予価一〇五万余に対し落札七〇万円余。保育園に至っては予価二七一万円に対し落札は半値も届かない一〇〇万円余。落札したのはキューネット、同業他者潰しには「赤字受注も嫌わない」との噂を裏付けた形だ。いくら機械化が進んだとは云え、この安値で子供の安全を保てるのであろうか。それとも発注側の阿蘇市の担当者がボンクラで積算のミスであったのか。業者の健全育成を考えるなら最低ラインを設定すべきではないか。最も佐藤市長は自分の懐が痛まなければ関係のない事か。


阿蘇市発注の大型事業
野田代議士系列企業が落札

 佐藤義典阿蘇市長六十歳、旧阿蘇郡一の宮町出身、地元県立阿蘇高校から近畿大学に進み、同大卒業後政治の世界に入り三十二年間(内三十年は野田毅代議士秘書として同代議士の東京事務所を仕切る)過した。

  平成十六年地元有志らに乞われて帰郷、翌年三月新生阿蘇市長選に出馬、阿蘇町長を六期務めた河崎敦夫氏に大差をつけて当選した。この時の選挙戦は、松岡利勝と野田毅の代理戦争と称され河崎氏側は松岡代議士、佐藤県議らが。佐藤氏は野田代議士、坂本代議士の他堤県議らが応援した。当選後暫くは大人しく?していたが、以後市の発注事業で業者の偏りが噂されるようになった。

  二十一年二月に再選を果した後は専横振りを発揮、「阿蘇市発展の為」大型事業は「殆ど野田代議士系列の企業が受注している」と、僻んだ業者に云わしめる程阿蘇市外の業者を優遇している。佐藤市長は選挙の際の公約に「公平、公正、無駄遣いのない地域作り」を揚げていたと思うが、今や反古同然、いや最初からその気があったかどうか。最近の大型事業の発注で目立った案件を挙げてみる。

  平成十八年の波野中学校は大津町在のU建設、阿蘇西中体育館は熊本市のT組。直近の市営池尻団地A棟、熊本市のI組に地元二企業のJVで二三三一〇万。管工事三七〇〇万、電気工事熊本市S電気二七八〇万余。屋外工事Y建設三三六〇万。全て落札率九〇%以上。市営新小里団地A棟熊本市M建設二億八三五〇万。同B棟、熊本市Y建設を頭にした地元など三社のJVで二億五三〇〇万余。何れも付帯施設約五千万円前後で落札率九〇%以上。地元業者の一人は「佐藤市長は一期目だけで大型事業十数億円を熊本市の業者に出している。地元業者を育成しようという気持は毛頭感じられない。全てと云っていい程自分の息のかかった業者が仕事を貰っている」と怒る。一千万〜五千万の事業は地元業者に流すが、談合か、天の声かは知らないが殆ど落札率は九五%を超えて落札している。極端な例として廃業したとされるS電気土木工業に配慮し、「雇用促進住宅建設の入札の参加に協力、同社の落札に協力した。阿蘇市に実績のない企業を突然指名入札に参加させる」(匿名投書)との声も寄せられている。入札審査委員会は副市長を頭に各部長らで構成されているが、何れの自治体同様、形だけの存在で、副市長や部長クラスが佐藤市長に提言出来る雰囲気はない。完全なワンマンで、秘書時代に築いた人脈を自慢していたが政権交替で「威力は大分落ちた」との声も聴く。四月下旬に予定されている光ネット案件は「T情報課長と発注先と目される企業幹部が熊本市内でよく会っている」とも聴くが、これは未確認情報。



 久し振りに郡部の市に焦点を当てた。小紙は熊本市内の読者が多い為どうしても熊本市内の出来事が中心となる。阿蘇市は旧阿蘇町、一の宮町の時代から政争が激しい町として選挙の度に町を二分する戦いが繰広げられていた。阿蘇町時代は河崎敦夫氏が圧倒的強さで多選されていたが、平成十四年春の町長選では新人の若造井芹正吾に九票差まで迫られた。この選挙の少し前、反松岡派の町議らが佐藤義典氏に出馬を打診したが、町長では役不足と感じたか、松岡派の壁は破れないと思ったか出馬を断った。阿蘇町、一の宮町、波野村の三町村合併で新阿蘇市が誕生、新市長選出馬を再度乞われて出馬を決め帰郷した。結果は河崎氏に二千五百票の差をつけて当選した。昨年再選され二期目に入っているが、年央に大腸ガン治療で暫く公務を離れた。公務復帰後は「順調に体調も回復している」として、宴会場ではカラオケで唄い、舞台から飛び下りるなどして完全回復を演じている。しかし、身近に居る一人は「外見程体調は回復していない。市長任期の残り三年間、職務を全う出来るか疑問だ」の声もある。人柄についても、支援者は「豪放で決断が早い」と好感するが、職員の一部や有識者の間では「ワンマンで利己的、代議士秘書を長く務めていたので政治の裏表を知悉しており、やる事が巧妙で仲々尻尾を掴ませない」と強く批判する。小紙が本欄で採り上げた光ネットワーク事業の発注、小紙が入手している情報通りの業者が落札した場合、経緯を詳報する予定である。



前代未聞のラブホ通い

 中核都市の市長が部下とW不倫。その場所も高級ホテルならぬラブホテル通い。小紙が平成二十年九、十月合併号で初報道以後各界に波紋を広げた。その中で九州某市の市長曰く「あの問題を当市で報道されていたら今の私はないでしょうね」と語り、暗に市議会の無能振りを批判した。それでも幸山氏は三期目を目指す。こんな人物を世間では「厚顔無恥」と云う。

  小紙平成二十年九、十月合併号の特集「幸山市長W不倫、部下とモーテルで熱愛」を目にした市民の多くは「まさか」と半信半疑であったと聴く。幸山市長周辺者、特に農業委員で幸山政史後援会青年部長を自称する小森某という莫迦は「写真はデジタルで、どうにでも加工出来る。ガセ記事だ」と吹聴しまくった。あの写真は、見る人が見ればフィルムビデオと判る物だ。以後二弾、三弾と続く報道で不倫市長の道義的、公的責任を追及してきた。市議会でも勇気ある議員が市長の責任を追及したが、幸山市長は「事実無根」とバカの一つ覚えの様に答弁するのみ。倫理感の乏しい市議連中が市議会の大半を占めていたのも、幸山市長にとっては幸運であった(裏工作はたっぷりと行っている)。

  W不倫報道記事は、筆者のせっかちな性分もあって、今報道記事を読返すと、全体に大雑把で事実だけを流していると反省、本号からじっくりと検証を為直す事にした。前にも書いたが、清潔を売りに当選した幸山市長に「女が居る」と聴いた時「本当か」という思いと「やはり」の思いが交叉した。本当か、の思いは「市長たるものが自分の政治生命に係る女問題を起すか」であり、やはりの方は、幸山氏が県議時代「女好きだった」と複数の県議から聴いていたからである。従って調査を依頼する際も「半信半疑」であった。

  調査は、二十年二月中旬から開始したが、この月は幸山市長の動向と、「市長の女」と噂されていた課長補佐のIの動向の把握に費やされた。尤も、こちらとしては「確証を掴めたらもっけの幸い」位にしか考えていなかったので重視はしていなかった。所が三月十三日木曜日に至ってI課長補佐の行動に変化が見られた。この日Iは休みをとったのか公務か午前八時半頃自家用車で市内を出て空港前を通って俵山方面に向った。西原村に入ったのまで確認したが、その後追尾を中止(幸山市長同乗が確認出来なかった為)した。午後一時過ぎ熊本市に戻り、後で分ったラブホテル「石狩」周辺に。午後三時四十分頃飛田バイパス(国道385号)付近を回っていたが、その後国道3号に出て南下し、午後四時二十分頃水道町交叉点に来た時点で調査を中断した。中断理由はラブホテルの出入り、幸山市長同乗が確認出来なかった為である(これは初報道)。

  小紙がIの車(当時トヨタプリウス)に幸山市長が同乗し、熊本市貢町在のラブホテル「石狩」に行ったのを確認したのが三月二十一日金曜日である。午後五時二十五分頃、市役所周辺からIの車が発進。旧三号線を通って四方寄町のR3から国道385号に抜ける道を下って石狩に入った(と調査担当者)。時間は午後五時五十五分頃である。通報を受けて筆者も現地に急行して張込んだ。午後八時十分頃、Iの車と同型車が石狩を出てR3号方面に向ったので「それっ」とばかりに追尾を始め、四方寄交叉点の赤信号で停止している車に追いつくと色(Iのはシルバー)もナンバーも異る車であった。対向車をやり過してUターンして又張込みに移ったが午後九時になっても出て来ないので「他車を追った間にI等は出た」と判断、I宅に向った。Iの自宅の車庫にはIの愛車がちゃんと駐車して御座った。

  この件、今まで報道しなかったのは現場写真が撮れていなかった事に尽きる。かつて北口議員が議会で不倫問題を追及した際、幸山市長側はアリバイ工作をして事実を隠蔽しようとしたが、三月二十一日のこの時間帯についてアリバイ証明が出来るかどうか、幸山君、I課長補佐君。以下次号で続報する。


小紙二月号掲載写真 誰もが「幸山市長だ」と認定
覆った・事実無根・説

 幸山市長は、小紙のW不倫報道で心臓が止る程驚いた筈(と筆者は想像)。それとも毛の生えた心臓の持主で「屁」とも感じていないのか。議会答弁は勿論、身近な市議、後援会幹部等にも「事実無根」で逃げていた。前号が出るまでは何とかそれでごまかせたかも知れない。周囲も騙された恰好をしていたかもしれない。が、前号の写真について十人が十人「間違いなく幸山市長」と断言する。今度はどんな詭弁を弄して逃れようとするのか。見物ではある。今の選択肢は三つしかない。

  その一、これまで通り事実無根、あの写真は別人。その二、潔く事実を認めて市民に謝罪する。その三、無実を証明する為と称して、小紙及び筆者を名誉毀損で民事、刑事で告訴する。一、を通そうとすると六月議会で若し追及された場合窮地に立つ事間違いなし。二、を選択した場合、市長生命は終る。政令市初代市長の夢が飛んでいく。三、は先ず無理。だってさー「事実を知っているのは幸山氏自身とI課長補佐、筆者と調査担当者」だもん。出来る筈ないよねー。告訴は自由で、幸山市長とI課長補佐が決意すれば簡単な事である。後は弁護士が書類を作成して関係方面に提出すれば済む。その結果「想像で記事を書き写真を撮った」筆者は逮捕され、懲役か罰金刑を受ける。しかし、筆者は罰金を払うのが惜しい。で、これまでの報道を裏付けるプラスアルファーを持っているとだけ云っておく。

  前号までの報道と写真(ビデオ転写を含む)では幸山市長の姿は出ていない(一度掲載した分はカメラを替えたばかりで操作に不馴れの為手振れがひどかった)。前号では誰もが「暗い場所だがはっきりと幸山市長と判る」と判断したものだ。ご希望ならビデオを観せて上げますよ。一回三千円で。紙面の倍位はっきりと市長さん見えてます。それでも九州大学経済学部しか出ていない厚顔無恥市長は多分「事実無根」一筋でしょうね。I課長補佐一筋のように。

  話は変るが二月号発行後の読者の反応、小紙への助言?が面白かったのでここに紹介する。
  第一は「あの記事が出てよかったですね、実は何人もの市関係者から 『県民新聞は一千万で手を打った』 と聴いていました」(市幹部談)。次は「二月号を見て安心しました、幸山市長周辺や、野次馬的市民から 『県民新聞は幸山陣営の有力者が握り潰した』 と盛んに噂が流されていましたから」(市OB、経済界の中堅社長他)。

  昨年六月からW不倫報道を中断した理由は前にも書いた。社会福祉法人問題の不正に絡む落水市議ら関係報道を優先した事も一因だ。だが小紙が握り潰されたり、買収される事はない、と思う。一千万プラス三千円だったら分らないが…。ま、これは冗談として、村上寅美県議絡みの養鰻組合問題、桜ヶ丘寿徳苑の分離分割報道、紫垣元市議、落水市議の金銭疑惑など中断はしているが、ピリオドは打っていない。あと数年はこの嫌味な新聞を続けます。


幸山市長W不倫証拠
アサヒ調査が提供

 熊本市長幸山政史氏の不倫を裏付ける証拠収集は、(有)アサヒ調査が担当致しました。創業以来三十八年、熊本市で一番古い探偵社として地元企業からの特殊調査依頼や、弁護士からの依頼を受けております。一般の人々からも「安心出来る探偵社」として厚い信頼を得ております。調査相談でよく「素行調査で七十万円払ったが結果が出ない」とか「最初に約束した金額を倍に上げられ払わないと訴えると脅された」等があります。この悪評は残念ながら事実です。熊本でのパイ(調査依頼人)は限られていますが、業者が多過ぎるのです。従って依頼人一人から出来るだけ高い調査料を取ろうとするから自然と料金を高く吹っ掛ける訳です。当社は、調査を受ける時上限の金額を決め、期間が長引いても同額で結果が出るまで調査を行います。相談は一切無料、秘密厳守です。

水道町電停前 (有)アサヒ調査 電話354-8436番



熊本地裁で証人尋問
市民団体 山田氏を支援

 去る三月十八日、熊本地裁で「自分の息子が自殺したのは県警剣道部内のいじめが原因」として両親が損害賠償を求めている訴訟の弁論が開かれた。訴えているのは元熊本県警剣道首席師範の山田博徳氏とその妻。被告は熊本県である。提訴の主旨は「県警は両親(博徳氏と妻)への事情聴取も行わず調査を打ち切った。真実を知りたい思いから提訴を決意した」(提訴時の山田氏談)。

  午前十時から開かれた証人尋問はほぼ訴状に基づいた形で行われた。原告側証人として、自死した山田真徳氏の高校時代の恩師二人と、当時の県警剣道部監督(現警察学校)の三人。原告側弁護士は、いじめの論拠となる県警剣道部内に作られていた「徹志会」の存在と、真徳氏が洩していたとされる「剣道部全員からいじめられている」という発言を中心に尋問。三証人が提出している陳述書を基に証言を求めた。真徳氏の出身高校の剣道部監督は「真徳君に会った時咽元の傷に気が付いた。通常の傷は点となって残るが、意図的に防具の隙から突いた傷は線状となって残る。真徳君の傷は線状で、明らかに意図して突かれたものだ」といじめが行われていたと証言。だが、県剣道連盟幹部に聴くと「意識するしないに拘わらず首の擦過傷はつく。線状につくのが当り前だ」と元恩師の証言に疑問を呈した。

  当時対立していたと云われる剣道部内の派閥について聴かれると「山田派、亀井派があると聴いていた。山田派は山田師範とその下のK先生。亀井派はM、T、I、Hら」と聴いていた。知人のMに「真徳をいじめない様に云った」「警察に入って偉くなったな、と云ったがMは返答しなかった」など証言(以上N)。次はS証人。「真徳君が県警に入って間もなく後輩のMに会ったら親指を立て 『人質を預った』 と云った。人質とは山田師範の子の事だ」。「亀井、山田派について」と弁護士。「高体連の時H(後輩)から聴いた。真徳君が練習で順番待ちしている時 『後からUに頭を叩かれた』 とも聴いた、自分の手帖にも記録がある」。反対尋問では「平成十六年三月八日付手帖の欄に 『西尾先生夫婦と夕食』 とあるが、ボールペンの色が違うが…。西尾先生と食事、と、真徳君の事のボールペンの色が違う様だが…。」とメモの信憑性について疑問を呈した。これに対し「陳述書には詳しく書いていない。客が多かったので煩くよく覚えていない」弁護人が「S先輩が徹志会に入らないかと誘われたと云うが、Sは剣道部員ではなく入会を誘われたというのは不適ではないか」と問うと「はい」と返答。

  三人目は当時山田氏の下で監督を務めていたK氏。現在警察学校に所属、剣道部師範である。「当時の剣道部が阿蘇で合宿した際新人部員の数人から一緒にして下さいと云われた」「その後主席を除けて指揮をとってくれと頼まれたが駄目だと断った」「OBから対応の変化はあったか」と弁護人の問いに「挨拶の仕方が変り、若干形式的に徐々に変った」と証言した。その後、反対派とされるK警部の娘の結婚式場での部員らの対応、朝稽古が消滅していった経緯等を証言。剣道部の会計については「出張の際金を預った事はない。OBらからの「激励(金一封)」は貰った事があるが、激励会で殆ど使った」。いじめについては「真徳君が雰囲気がおかしいと云って悩んでいる様子は感じたが原因は分らない。雰囲気のおかしいも確定はない」と証言。反対尋問では「平成十六年一月、山田主席とH、真徳君と自分の四人で話合った。真徳君が辞めたいと云っているのは、県警か剣道部か分らなかった。山田氏からいじめがあっているから見てくれと云われた事はない。徹志会々則、名簿は裁判が始ってから見た。入会を誘われた事はない。師範の云う事は余り聴くなと云われた事はある」。以上はメモから抽出したもので省略も多い。


「いじめはなかった」
元剣道部員ら明言

 午後からは「反山田派」とされている亀井徹警部他五名が証言台に立った。紙面の都合で筆者が受けた印象とメモから書いているとお断りしておく。

  亀井氏は原告側の弁護人の「県警内で平成十三年前後から山田派、亀井派というのがあるのか」に対し「徹志会は知っている。平成十四年四月二十七日以降に作っている、後輩が強くなりたい、指導したいで出来た」弁護人「将来に不安を持っていた、将来の不安は剣道部か」「そうだと思います」。弁護人「Sの陳述書では特練部が駄目になるのではないか、昇任の為に徹志会を作ろうとなっているが」「直接は関係ない、警察は階級社会だ五人に一人しか昇任出来ない。OBの力で引上げ、先輩達から各部に引上げてもらう」。弁護人「山田氏に対する不信感を持っていなかったか」「不信感はなかったが信頼はしていなかった。後輩から来てくれと云われ、武道館、機動隊の朝稽古に土曜日午前七時三十分から出ていた、指導より一緒にやっていた」。弁護人「機動隊が特練部員で徹志会は十一名ある。入っていないのは誰か」「ない、十五年に山田師範が知り上から注意されたのですぐ解散した」。「徹志会に現役で入っていなかったのはO、H、Uとあと一人だ」。弁護人「真徳一人だけではなかったのか」「はい」。弁護人、強い言葉で「組織は本部長が作って剣道部、柔道部を強くするのが、何故個人でやるのか」「先輩として当然だ」。反対尋問の証言では「真徳君に稽古をつけた事はある、武道館などで山田師範と真徳君が一緒の時があった」「山田師範には十四年間師事し、稽古をつけてもらってよかった。しかし徐々に距離を置くようになった」。女性判事「それは何故か」「一杯あるが、ここでは云いたくない。山田師範が一肌脱いでくれないのも一因だ」。その後A証人の後I証人が証言したが「真徳君へのいじめはなかったし、出来る状態ではなかった。作文では真徳君は帖尻合わせをしていたのでUがなめるなと書いた、他の部員に対しても当然行う」。山田氏への不信感について「旅費問題とM、Hの異動や朝練の時、部員に指導せず小、中学生を相手にしていた事などがある」「剣道部にいい選手が来なくなった」「師範を独裁的と見ていた」等、山田氏を目前に見ながらはきはきと証言したのが印象に残った。


自死と報道の流れ

 右に掲載している本紙平成十六年七月号は、一、三、四面を使って県警剣道部員の自死と、現原告(当時剣道部師範)の山田博範氏について。又、県警警務部長による反山田派と目されていた剣道部員と亀井派リーダーの亀井徹氏らの不当と思われる人事異動などを詳報している。

  事の発端は、平成十六年五月二十四日、原告の子息、県警剣道部員であった山田真徳巡査(当時22歳)が県警機動隊内待期宿舎である誠和寮で自死しているのが発見された。翌日以降県警記者クラブにも自死の情報が入ったが「自死の原因についての真相は掴んでいなかった」(某記者談)ので報道を自粛していた。本紙にも「巡査の自殺を県警が隠している」と情報が寄せられ取材に走った。その結果、自殺の原因の重要部分に父親の存在が感じられた。子息を亡くし傷心状態にあるであろう父親を非難する事になるので報道を控えた。

  所が同年七月四日付毎日新聞が社会面トップで「熊本県警 いじめ?で巡査自殺 剣道部の派閥争い3年。耐えきれず」の見出しで報道した。県警記者クラブ所属の各報道機関もこれを切っ掛けで報道。週刊新潮、AERAも採り上げた。記事の内容は大同小異、クエッションマークはあるものの、剣道部員の全員が真徳氏をいじめた為自死に追い込まれたというもの。公判でも争われている山田派亀井派の抗争が根底にあるとしている。本紙が得ていた情報と余りにも異るので三面を使って特集記事を組んだ。七月号発行後の反響は大きく、全国の剣道関係先で読まれた、とは後で聴いた。裁判で真相解明を期待する一人である。






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