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発行者:福島 宏

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 平成32年に開催が決定した東京五輪について数々の問題が発生し、“先進国”日本の名を貶しめている。事業主体は文科省の外郭団体JSC(日本スポーツ振興センター・河野一郎理事長)である。JSCは平成28年の東京五輪招致に動いたが、鳩山首相の反対もあって失敗に終った。当時石原都知事は安藤忠雄氏と組んで晴海を中心とした沿岸部に選手村を含むオリンピック会場構想を立ち上げて原案を練っていた。一方でJSCは平成24年3月、平成32年の五輪招致に向けメイン会場となる「国立競技場将来構想有識者会議」を設置、各分野から14人の有識者を集めた。ここで基本案が決り、同年7月国際デザインコンクールの実施を発表した。審査委員10名に安藤忠雄氏も選ばれ、建築専門家として審査委員長に就く。新国立競技場問題はここから発したと云っても過言ではないだろう。

  10名の委員の内2名は外国の著名建築家であったが、審査会に顔を出す事はなかった。新国立競技場案は国内外から46点が応募、その中から2点に絞られたが委員の意見が半々に割れた。安藤氏を除く7人の委員は建築については素人ばかりであり、結局安藤氏が意見を集約、ザハ案の採択となったのである。その後は皆さんの御存知の通り突飛なデザインや、膨大な建築費が国民の反発を招き、安倍首相は白紙撤回を表明した。安藤氏の卑怯な所は、建築費の高騰が問題になった時、記者会見を逃げ回った挙句の会見で「自分はデザインを選定しただけで建築費は別問題」と責任回避に走った事である。こんな安藤氏を高く買っているのが熊本県議の古狸、村上寅美氏である。

 安藤忠雄氏と熊本県の接点は細川護熙県知事時代に遡る。細川護熙氏は昭和58年2月の知事選で、県民や県議の大方が、その清潔な人柄から沢田一精知事の4選を受入れていた時、突然割り込んで来た。細川氏が所属する田中派の力と金力(佐川急便出資で、後に総理大臣辞任の火種となった)で流れを自身に手繰り寄せ知事の座を仕留めた。細川知事は熊本の知名度を上げようと多額の広報費を投入、電通を喜ばせた。その一環として立ち上げたのがアートポリス構想である。同構想は熊大工学部堀内清治教授が“建築文化運動”として発案、新し好きの細川知事がこれに飛びついた。アートポリス1号は平成2年に北警察署(篠原一男設計)、同3年保田窪団地(山本理顕設計)同4年鹿央町県立装飾古墳館(安藤忠雄設計)と続くが、以下は省略。前記建物の全てが「デザインの斬新さばかり目立つが使い勝手は最悪」と利用者の不評を買った。

 装飾古墳館を安藤氏に依頼したのは「有名人好みの細川知事が目を付けた」と語られているが、真偽の程は定かではない。これを契機に安藤氏と熊本県との繋りが出来たと思われるが、細川後の福島譲二県知事時代に安藤氏との縁は見られない。安藤氏が再び熊本県と係るようになったのは福島知事急逝後に擁立され当選した県議団のロボット、潮谷義子知事誕生後である。この間、県政界のボス村上県議と安藤氏が交流したのは「お互いに元広域暴力組織と係っていたから」と云われる。平成14年12月に完成した村上寅美邸を設計したのが大物建築家“安藤忠雄氏”である。村上県議自身が自慢しまくった為この噂は一気に広がった。自宅の設計を依頼した安藤氏が、その後熊本県発注の新熊本駅舎のデザイン画を描き、後に駅舎の設計を受注する訳だが、県庁幹部もその関係に疑惑の目を向けている。



熊本に於ける安藤作品
 本面でも書いているが、新国立競技場のデザイン選考委員長を務めた安藤忠雄氏と熊本との係わりについて述べる。最初の安藤作品である装飾古墳館は平成4年4月に完成。この頃村上寅美氏は県議1年生。建設に介入する程の力はなかった。実際地元では「古閑三博先生が動いて頂いたのでアートポリス事業が出来た」と話している。再び安藤作品が登場するのは10年後の平成14年4月である。次号で紹介するが、河内町の「みかんの丘」に建つ白亜の村上邸である。建主は村上寅美県議の子息、村上正守氏(故人)である。安藤氏と村上県議の係りは、別欄でも一寸触れたが「ヤンチャ」で意気投合していた様である。村上県議が若い頃、県内一の暴力団西川組に出入りしていたのは有名な話。西川組解散後は西川組から独立した北岡会の前田会長と親交が続いた。一方安藤氏も10代後半から20代まで「大阪でヤンチャ者だった」と聞く。閑話休題。村上邸が完工した3年後町立三加和中学校の設計を安藤氏が受注(詳しくは3面に)し、18年2月に完工。そして平成18年秋の「熊本駅舎デッサン」に繋り、新熊本駅舎設計受注となり、肥後銀行本店(安藤氏実弟)へと続く。



新熊本駅舎建設費用
当初予算5・6億円が24億円に
 JR九州は、九州新幹線開通と在来線の高架化に併せ熊本駅駅舎の改築を計画、熊本県と一体になって推進した。熊本県は当初予算として5億6,000万円を予定。設計は「熊本のランドマークとなる駅舎と位置付け、著名建築家にとなり安藤忠雄氏を選定した」と県は説明するが、その前から安藤氏に依頼すると蒲島知事らは決めていたと見てよい。と云うのは「平成18年秋頃梅本茂地域振興課長が態々大阪迄出向き、安藤忠雄氏に駅舎のデザインスケッチを依頼していたのです」と某県幹部。平成19年3月頃、県がこの案を公表した為議会の知る所となり、同年3月で大西一史(現熊本市長)県議が交通対策特別委員会で「何故デザインを一社だけに描かせたのか、入札すべきではないか」と追及した。県が支出していたデザイン料は315万円である。当然議会の承認を得るのが常識であり、安藤氏への依頼も蒲島郁夫県知事、若しくは副知事の指示を得た行動と思われる。しかし、大西県議の追及を受けた梅本課長は「飽く迄自分の判断で大阪まで頼みに行った」と主張し続けてこの場を逃れた。その功績かどうか知らないが、後に梅本課長は農政部長に特進、今春定年を迎えたが、村上県議と「ズブズブの仲」と云われる頭取が居る金融機関に“天下り”している。

 一方県は安藤氏デザインを基に駅舎の建設費用を試算した所30億円となった。当初予算の5倍であったが蒲島知事と一部の県議らはこの案を承認していた節がある。しかし県議会を始め、当のJR、熊本市などから「建設費が高過ぎる」との声が上り、県は費用の圧縮に追い込まれた。平成20年8月、蒲島知事は「建設費を20億円に圧縮熊本市、JR九州と合意した」と公表。「五十年、百年に一回の機会だ。後世に残る品格ある駅舎にしたい」と大見得を切った。しかしJRの幹部は全国の似た構造の駅舎の資料を参考に「20億円の6割で建設可能だ」と不満を漏したが、完成迄の日程などを考慮してこの案を飲んだと云われる。その後JRが安藤氏と基本設計の契約を結び(6,000万円)、新駅舎建設は走り出したが、その後「駅舎の規模拡大や県産木材の多用で費用が上った」として発注額は24億円にアップした。24億円の費用負担の内訳は国60%、熊本県28%、熊本市10%で22億3200万円。JRは7%、1億6,800万円である。

 設計料は基本設計に加え構造設計料8,000万円で穴井設計に発注。目下工事中の新熊本駅舎だが、ザハ案を選んだ安藤忠雄氏が記者会見を逃げ回り、7月16日にやっと会見した直後に発行された「FRIDAY」(上掲)の中で、安藤氏設計で悪評の高い渋谷駅と共に熊本駅が採り上げられているのには笑えた。安藤氏の実用性を無視した設計と非人間性については会員制月刊雑誌「選択」が「悪評だらけの『大建築家』安藤忠雄(2011年4月号)。「なぜ『安藤忠雄』をもてはやすのか」(2012年2月号)等で徹底批判。蒲島知事村上県議も何故もてはやす?



 本号2面でも少し触れたが、熊本市が経済連(褐F本畜産流通センター)(以降畜流センター)と、市食肉センターの機能統合は一旦合意を見ながら、経済連側の設備費等の増額で一挙に崩壊した。以後は移行先を巡って熊本市畜産業者ら入り乱れて試行錯誤が始った。これに加えて経済連、畜連、酪連の間でも激しい遣り取りがあったと聞く。全てではないが、“我利我利亡者”と百鬼夜行といった所か。小紙既報の「経済連上村幸男会長下し」も単なる権力闘争以外の金絡みの根深い問題があったと聞くが、当時は関心がなかったので真相究明には至らなかった。熊本市と畜産業者の思惑も絡んで、食肉センターの閉鎖は延期に継ぐ延期で、一つの事業として例を見ない混乱が続いた。その最終的問題として豚業者(3社)と畜流センターの料金問題に絡んで熊本市が傍観した為北口和皇議員の登場となり、結果的に業者と熊本市の間を上手く纏めたが、最後の最後で暴言問題が発生した。最初の栗山陳述書を市側は「人権侵害はなかった」として処理を行ったが、2回目以降雲行きが怪しくなり、政倫も出て来た。結果的に「北口議員への辞職勧告」は必至と聞くが、「業者の為、強いては熊本市の利益」にも繋がる懸案を解決したのである。それまでの不当要求や暴言も加算されての判断と思うが、では落水議員の1億3500万円問題はどうなるのかと聞きたい。落水氏の場合、役職停止と自民党離党だけで済み、議員辞職勧告はなかった。自民党市議団が落水氏に弱点を握られていて処分の強行が出来なかったと聞く。北口問題とどちらが悪質かは自明であろう。



 去る7月9日、現在熊本市食肉センターを利用している7業者を代表して清藤勲氏が「熊本市食肉センター利用業者との協議のお願いについて」と題する要望書を大西一史市長宛提出した。「1.趣旨」として9項目。「2.中央食肉センター及び利用者への補助等について」として5項目が挙げられている。3項までは、市食肉センター廃止と現状に至った経緯が書かれているが、今回の論点ではないので省略し、4項以降について述べる。

 「中央食肉センター今期(平成27年3月31日)の決算は1億2,327万円の純損失で、累積赤字は2億7,268万円となっており、月当たり1,285万円の赤字を計上している事になる。中央食肉センターに支払う屠畜料は、牛で市食肉センターの約3倍(15,391円)、馬の屠畜料に至っては約6倍(30,000円)になると聞いている(注、馬は現在市食肉センターで屠畜、来年1月から中央食肉センターに移行予定)。今後営業利益を出すとすれば、1頭当り28,532円の負担となる。更に給与、諸経費の値上がりを考慮すると牛1頭当たり30,000円以上の負担となる。馬については屠畜数も少なく生食の為の衛生、冷凍設備等に多額の費用を要することから更に高い料金が予想される」としている。以上を小紙なりに論評しよう(熊日始め全国紙が出来ないこと)。

 先ず牛について。業者らは、市食肉センター利用時の料金1頭当り5、000円を基準に3倍だ、6倍だと述べているが、元々市の屠畜料が「べらぼー」に安く、それ故県外の業者も利用していた。その恩恵を業者らは「たっぷり」と受けていたのである。市のOBの一人は「昭和60年前後に屠畜料の値上げを業者側に打診した事がありますが、業界出身の先生(市議)に一喝され、以後市側から値上げについて言及する事はなくなった」と語る。又、業者自身も云っているが(小紙7月号で報道)熊本市が平成15年に「市営屠場のあり方検討会」を設け業者と会談した際、業者側は市営屠場の廃止に危機感を抱き「よそ並みに料金を上げてもいい」との申し入れを行っている。この時は「既に遅し」で熊本市は“金喰い虫”の食肉センター廃止に舵を切っていたと思われる。以上を鑑みると現在の状態を招いたのは業者自身ではないか。市が業務委託に際して業者らは熊本市中央食肉市場鰍設立している。市との委託契約の内容が不明の為断定的な事は云えないが、昭和40年から50年近く低料金の恩恵を受け続けたと云える。全てとは云わないが、多くの業者は他事業を経営、自宅も豪邸と呼んでもおかしくない様な邸宅に居住している。

 牛の屠畜については市食肉センター閉鎖の方向性が見えた時、O氏らは旧豊野村が閉鎖した屠畜場を買収、自力で屠場を再建したではないか。畜流センターに断られて困った熊本市がそれに乗る形で業者が予定していた処理数80頭に対し、熊本市が45頭(最大)分として建設費を算出、最終的に11億円程度で牛は移行を終えている。馬については建物、施設とも全額熊本市が負担(12億円プラス)で目下建設中であり、12月完成が予定されている。筆者に云わせれば「企業努力が足りないのではないか」という事である。目下屠畜料だけが収入となっているが、加工や別産物の生産に考慮の余地はないのであろうか。牛の持込み量の減少も課題の一つだが、業界挙げての協力体制がとれないものか。中央食肉センターに隣接して九州最大、日本でも有数の大手畜産会社が存在している。要望書の後半では福岡高裁判決(最高裁差戻)を挙げて「支援金は補助金としての性質があり、公益性の強い屠畜場への補助金と、利用業者に補助金の支出を考慮してほしい」旨が記されている。業者らは「箱物(建物、施設)だけの助成金では足りない。ランニングコスト等の面倒も見てほしい」と要望しているが、熊本市民が納得するかどうか。



迷走続けた市食肉センター閉鎖
熊本市幹部の弱腰が原因か
 熊本市が永年懸案として来た市食肉センターの廃止が秒読みに入った。今の所本年12月末で最後迄残っていた馬の屠畜場が完成、平成28年1月から稼働すると見られている。

 熊本市が市営屠場の改築を契機に屠場を畜産業者に無料で提供、運営を委ねたのが昭和40年である。当時市としては屠畜料の値上げも儘ならない施設を業者に運営を任せる事で解決出来ると読んでいた節がある。だが業者の方が一枚上手であった。畜産業者(肥育、販売)が運営会社を設立したのである。屠畜料は安いに越した事は無い。値上げする事もなく運営を続けた。持ち込まれる牛馬や豚が多い時にはそれでも何とか収支は合っていた様だ。しかし、牧畜農家の後継者不足などが増加して屠畜の年間処理数の減少が続いた。赤字が出ると市が補填を続けたが、一般会計からの支出に議会から不満が噴出するようになった。運営が独立している民間会社に補助金を支出する事に異和感を持ったのである。20年以上前の話で確かめようもないが、元保守系古参議員や、市のOBらの話によると、「市は補助金の支出は出来ない。自力運営は出来ないか」と業者側に申し入れを行ったが「一顧だにしなかった」と云う。困った熊本市の農政関係幹部と無責任市長田尻靖幹氏が考えだしたのが「熊本市雇用開発協議会」である。

 同協会の設立は平成5年1月27日(小紙既報済)である。協議会の「目的」として「就労の機会が阻害され、日常生活に支障をきたしている市民の雇用の安定と就労機会の拡充に努めることを目的とする」と謳っている。この文言を素直に読むと「一般市民の救済を目的としている」と解釈するであろう。この抽象的文言の裏には「同和対策事業」としての意があるのである。当時政府の同和問題に係る特例法が生きていたのも後押ししたのか、この様な協議会に多額の資金投入が可能になったのである。

 小紙が入手している平成24年度の同協会への支出は1億6、588万円。内訳は「食肉センター委託料」となっており、多くは「食肉解体技術員人件費、33人」に費やされている。この人件費の該当者に対して、食肉センター閉鎖に伴い市が「退職金」の支出を決めた事で、平成25年1月24日の市議会経済委員会で批判の声が挙がったものの、3月議会で全員一致で可決された。この協議会に市が公金を支出する事に対して有識者は「法人格のない協議会は企業支援金支出の隠れ蓑と云えるのではないか」と疑義を呈している。市はこの「お荷物」の食肉センター廃止に動いたとしても不思議はない。平成15年頃廃止案が浮上。平成18年5月頃食肉センター廃止を公表、利用業者らにも通告した。他方で移転先は「褐F本畜産流通センター」(熊本経済連経営)として交渉を始めていた。

 熊本市が抜けているのは「移転先を確保すれば業者も従う」と思っていた節がある。その為、業者らとの交渉を御座なりにして「移転先さえ確保出来れば…」といった焦りを経済連(畜流センター)に見抜かれていたのではないか。当初「牛馬豚の一体化移転」で市の出資金を含め24億円で決着がついたが、突然畜流センター側が40億円に変更を要求、一体化構想は崩れ、以後熊本市は閉鎖予定を半年延ばし、1年延しするなど迷走してやっと大団円を迎える筈であった。が、別欄で述べたように樺央食肉センターの経営が苦しいとして補助金の要求が出される気配濃厚となった。若しこの要請が提出された場合「おかしい」と思うのは筆者一人だけではあるまい。先ず樺央食肉センターは畜産業者らが自力で建設を進めていた経緯をどう見るか。当初から「熊本市の牛がこちらに来る」と計算していたとは思えない。自力でやっていけると計算したから建設に踏み切ったのではないか。そこに熊本市の助成金が入り、牛馬も回るようになったら歓迎すべきではないか。操業2年程で「赤字になった、支援を」は虫がよすぎると云ったら過言か。筆者が見る限り、熊本市も無責任、業者も依存体質から抜けきらない。



視察先からのハンバーグ
市議ら罪悪感なし
 小紙8月号1面横見出し「平成23年3月経済分科会 (株)畜流センター視察」縦見出し「手土産? 自社製ハンバーグ貰う 満永分科会長以下全員」の中で、視察終了後議員達がマイクロバスに乗り込む際、一人一人に保冷袋(保冷箱は誤記)が渡された。「当工場で作っている製品の試供品です」と云われて全員何の抵抗もなく受け取った。前にも書いたが中身は同工場製のハンバーグ2パック入り。保冷袋代を入れても1,000円を少し超える程度の物である。

 筆者が問題としているのは、前月に畜流センターと熊本市の間で牛馬の屠畜施設移行に合意した点にある。機能統合で熊本市は4億円の出資金に加え処理施設増築の為の負担金8億1300万円を新年度予算に計上している最中の視察であった。経済分科会は、市が決定したこの事業が適切かどうかの判断を下す機関である。分科会が否決したら事業の執行は出来ないのである。適否の判断を下す為の視察であったが、“手土産”を貰って帰る様では「形式的行事」に過ぎなかったと云われても仕方なかろう。
 小紙が報道した後、関係議員の反応を他の議員に聞いたが「別に何も感じていないですよ」であった。過日満永寿博議長を訪ねたら「書いて頂いて有難うございました」と笑顔で云うので「それ皮肉」と返したら「いや何も気付いていませんでしたから」と云う。「担当委員が相手側から何か貰うというのは議員として恥ずべきではないか」と聞いたが「そうですかねえ」とぴんとこない。他の議員も同様「あの程度の品を貰って何が悪い」位の感覚しかない様だ。近く反省を求めたい。



 上掲の写真は平成4年に熊本県が「アートポリス計画」の一環として建設した熊本県立装飾古墳館である。安藤建築の代名詞と云われている「コンクリート打っ放し」の建物は、山鹿市鹿央町の国道3号線から車で数分の小高い丘の上に在る。

外周を高いコンクリートに囲まれて一見「近代建築の刑務所」と見紛う程だ。「古墳館入口」と書かれた芝生に立てられた案内板に従って入った所が建物の出入口(写真の右側)である。写真で見ると1階建に見えるが、地下一階の2階建てで、円形の中央部は空間になっているが、中心部はコンクリート壁で遮断され、その壁は鉄枠のガラスで囲まれ回廊となっている。建物も円形に造られているが内側を全面ガラスで囲まれた中に回廊がある。窓らしき物はなく夏の暑さは相当なものだろう。写真にある段差は円形の歩道で、左に歩いていくと出入口の上部に行き着き、ここが“展望所”となっているが、急坂の為車椅子の人が自力で上れるかどうか。休館日に訪ねた為内部の参観は出来なかったが、同館のWEBでは自然光が入らない構造の様である。この建物を安藤氏設計。施工は中堅ゼネコン西松建設と地元本山建設JV。延面積2099m2総工費15億9000万円。設計費は「古い事なので記録に残っていない」(県教育庁)という事であった。

現在も、いつの時代もそうだが、公共工事によくゼネコンが絡む。古墳館程度の建物は熊本のAランク建設業者であれば充分可能である。地元の業者が施行すれば地元に金は落ちるがゼネコンでは皆持っていかれるだけである。所でこの古墳館の来館者は減少の一途という。



三加和中設計で欠陥
次の安藤作品は三加和町立三加和中学校体育館である。同中体育館は将来小中一貫校(校舎併設型)を視野に平成16年度で設計費の予算を計上した。同町関係者は「設計、施工業者をうち(町)が選べる隙はなく全て上(県か)からの指示でした」と語り、設計を安藤忠雄建築研究所に発注した。設計費1,648万5,000円、施行管理費656万2,500円であった。施行は熊本市の三ツ矢建設(株)が3億3,285万円で受注した。トータル3億5,589万余。この内、県からの補助金1億1,859万円余、であった。工事は17年度に着工、平成18年2月体育館が完工、「らんたんドーム」と名付けられ竣工式が行われた。所が2年程して体育館の床が波打つ様に起伏が発生した。町側は施行業者に訴えたが「暫く様子を見ましょう」となり1年ほど状況の変化を見たが、床の歪みは酷くなるばかりで、結果的に業者が「床下の自然換気が働いていない」と判断、全面張替えとなった。平成22年に張替えは完了、費用1,522万円は町と業者が折半した。元々の原因は湿気の多い土地に建てる体育館の床下換気に強制換気を採用しなかった設計ミスである。





 前号に続く蒲島陳述書。

「私は、知事就任直後から荒瀬ダムの廃止問題、水俣病認定問題及び川辺川ダム建設問題の解決に注力してきました。小野氏又は県の職員に問題を押し付けたことはありません。また、これらの問題解決を精力的に推し進めた一期目において、小野氏は政策参与のポストにあり、私の代理を務める立場にはありませんでした。私は、こうした問題に対して、率先して自ら渦中に入り住民の意見に耳を傾け、自ら決断してきました。この点については、関係者であれば、良く理解していると思います。平成24年1月に、私が地下鉄ホームの階段で転倒し顔や手に2週間程度の軽傷を負ったことは事実ですが、酩酊状態にはありませんでした。私は、その翌日の早朝に熊本に帰り病院で怪我の治療をし、その後速やかに公務に復帰しており、公務に特段の支障はありませんでした。公用車で宴席に出かけ何時間も公用車を待機させ、運転手の残業手当てがはねあがったということもありません。知事運転手は、専用運転手であり、私の公務の都合上、休日、祝日の出勤等もありますから、知事運転手以外の運転手よりも残業手当等の額は多くなる傾向にあります。これは、私だけに限らず、私の就任以前からみられる傾向です。

 被告福島宏氏が、平成24年2月に記事にした後に、県の運転手の残業手当が著しく減少したこともありません。なお、私は、知事として県を統括し代表する立場で、また県の事務・事業を執行する上で、多くの会合や意見交換等(酒席を伴うものもあります。)に出席します。私が、こうした公務に出席する場合、会場が熊本市内であるときは、原則として往路は公用車を利用し復路はタクシーを利用し、会場が熊本市外であるときは、往復ともに公用車を利用しています。また、私が県警の幹部に対し『お前達は誰から給料をもらっていると思っているのか』と暴言を吐いたことはありません。何よりも知事就任以来一度も県職員を怒鳴りつけるなどして怒ったことはありません。以上のとおり、小野副知事の登用、地下鉄ホームでの転倒、公用車の利用方法と被告福島宏氏が指摘する『暴飲暴食』との関係は、一切ありません。私が知事に就任以降、熊本県のために私がいつどこで何をしていたのかは、全国紙及び地方紙など多くのメディアで報道されていますから、知事である私の行動は衆人監視の下にあると云ってよいのです。」

 1は以上で終る。
 次に陳述書「3 タイトル及び本件記事2について」の陳述部分を記す。「タイトル及び本件記事2は全くの虚偽です。この記事は、私に対する冒涜でだけではなく、私を選んだ熊本県民、私がこれまで教えてきた教え子に対する冒涜に他なりません。私は、筑波大学及び東京大学において、約28年間大学の教師を務めてまいりましたので、教え子は数多くいます。ただ、本件記事2において指摘されている東京新小岩のマンションに居住するという教え子は一人もおりませんし、新小岩には私の生涯で1度も行ったことはありません。このような虚偽の記事を熊本県民新聞上に掲載するだけでなく、WEB上で世界中に発信することについて、怒りを抑えることができません。以下の本件記事を認識するに至った経緯にも述べますが、「蒲島知事」で検索すれば世界中から瞬時にして、この記事を読むことができます。また、本件記事2にある蒲島研究所なるものを組織したことはなく、そのような研究所は存在しません」。

 以降は次号に掲載するが、本稿では、蒲島郁夫知事の 県政を思う熱意がお分りだろう。



蒲島知事に与えた小紙の影響力
 右欄より続く。
「4タイトル、本件記事1及び2を認識するに至った経緯」「私は、朝刊すべてを読み終ったあとで、インターネットで蒲島県政に対する社会の反能を見るために『蒲島知事』若しくは『熊本県知事』で、1か月単位で検索を行います。平成25年4月ごろに、同検索を行ったところ熊本県民新聞(2、3月号)の記事が検索されました。同時期に熊本県副知事村田信一氏から実際の新聞を見せられ、インターネットと熊本県民新聞の両方でこの記事を把握することができました」と陳述しているが、この点はここで弁明しておく。

 小紙の読者は、とっくに御存知だが小紙の記事がウェブサイトに出るのは、本紙発行の1カ月後である。その理由は「有料で読んでくれている読者と、無料で閲覧するネット読者を時間差で区別している」のである。従って「同時期に熊本県副知事村田信一氏から実際の新聞を見せられ」る事はあり得ないのである。加えて云えば関係者の言によるが「熊本県民新聞を県警が入手した際、県知事、市長、各主首らの記事があればすぐ相手側に知らされる」という事である。件の新聞は「県警某部署から知事部局の某氏に届けられた」と聞いている。もっと云えば3面兎の耳の中の“小咄”は「蒲島知事」「熊本県知事」ではヒットしない。どうでもいいことだが…。

「5タイトル、本件記事1及び2が私に与えた影響」「まず、この記事に最初に触れ、激しい怒りを覚えました。新聞などで、蒲島県政に対する批判的記事を目にすることはあります。ただそれは県政に対するマスコミの評価であり、事実に基づいて書かれた記事であれば、素直に次の県政に活かす方法をとっています。それがマスメディアと政治の関係だと思います。その点この記事は、全く虚偽であり、私を貶める目的で書かれたものと云わざるをえません。村田副知事もこの記事の存在を私に伝えてくれましたが、熊本県民新聞は広く県内で配付されており、副知事だけではなく多くの人が目にしたものと思います。例えば、自民党県連の会長からも、直接この記事について認識していると伝えられました。このことは県庁全体及び議会の広範に及ぶ人たちがこの記事を読んだと云わざるをえません。私が許せないのは、この記事がWEB上で公開され、長期間にわたって閲覧可能になっていることです。私の支持者、私の知人、蒲島県政を研究する研究者、蒲島県政に反対する方など、様々な人が『蒲島知事』で世界中から検索しています。そのことを、被害を被っている私自身がコントロールできないだけに、より強い怒りを覚えます。また、私の家族(妻娘)にも余計な気遣いをさせています。この記事は選挙中に候補者側が味わう誹謗中傷に対する怒りと懸念をはるかに超えるものだと実感しています。蒲島県政の基本は政治的信頼にあります。」

 以降は次号で。WEB上で「世界中の人が検索しています」は一寸大袈裟だろう、そうあってくれると嬉しい限りだが…。



陳述書寸評
 蒲島知事は、陳述の中で「公用車の運転手を長時間待たせた事はない」と否定しているが、公用乗用車の運転手の中で知事用運転手だけが図抜け「多額の残業手当」を受給していたのは100%確実と云い切れるだけの情報を得て書いたものである。小紙の報道後に蒲島知事が述べる様に往路公用車、復路タクシーになり、専用運転手の収入は激減している。この7件についてはダメモトで県に電話で問い合わせたが「個人のプライバシーに係るので回答出来ない」という事であった。県警幹部についての発言と暴飲暴食については次号で記すが、筆者が「カバは大喰い」との思い込みで暴食としたが、これは言葉の綾。暴飲については知事周辺では周知の事実。他紙の力を借りて次号で“証拠”立てたい。因にこれらは裁判の争点にはなっていないので力んで反論する迄もないが、小紙の記事が全て虚偽と捉えられかねないので少しだけ反論をさせて頂きたい。蒲島殿。





 又々大幅に遅れました。大スクープを狙って9月一杯這いずり回った揚句裏付けまで届かず流れてしまいました。9月号の原稿(他のネタ)を書きながら情報を追うという器用さが筆者に欠けているので、目標を追いだしたら他の事が出来ず「9、10月合併号でいこう」と決めた訳です。すると又時間が取れたと他に目が向いてしまってこんなに遅れてしまいました。9、10月合併号として発行し、12、1月合併号は行いません。年内に11、12月号発行予定です。御寛容の程切に願い上げます。1面「世界のアンドー」と新国立競技場については各紙と週刊誌、会員制月刊誌の記事を参考に書きました。新競技場は大事な問題ですが、安藤氏や、ザハ氏はどうでもいい存在。ただ安藤氏が熊本県や蒲島郁夫知事、村上県議らと深く係わっている点は見過ごすことが出来ず記事にしました。安藤氏が次に狙っているのは「熊本駅前の大型施設」と云われ、総事業費300億円(筆者は実現は半々と見ている)の行方に注目したい。熊本市の畜産業者の“腐れ縁”はいつまで続くのでしょうか。財政困難な熊本市に確りしてもらいたいものです。蒲島知事の陳述書、面白いとの声あり。





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