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発行者:福島 宏

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堂々と行われた違法行為
落水理事長誕生の闇 二人三脚で動いた?元市議

 小紙前号二面では、落水清弘市議会議員(元議長)について、主として違法寄付(施設の売買)した側が提起した損害賠償請求事件の訴状を元に報道した。本号では、福祉法人に群がる策謀家達の動きを詳報する。
  社会福祉法人桜ヶ丘福祉会を創設したのは僧侶の藤院了幸氏。社会福祉に貢献したいと昭和四十一年に創設した。法改正により「儲る事業」として、ここ十年程雨後の竹の子の様に乱立した特老、介護施設の経営者とは異質の純粋な気持から設立したと誰もが語る。創立後三十数年間は無難に推移したが、その後、病院や、保育園の設置に動いた事で資金繰りが苦しくなった。平成十五年二月頃、桜ヶ丘保育園の移転による建設費、福祉会経費に問題ありとして県の特別監査が入った。その結果、使途不明金一億三千五百万円を指摘され、藤院了幸氏は責任をとって理事長を退任、妻も理事を辞任した。
  後任理事長には、理事を長年務めていた十時義七郎氏が選任され、就任した。十時新理事長は熊本県内で調剤薬局チェーン店を展開している会長。藤院氏とは、共に野田毅後援会幹部であった所から知己を得て理事に就任していた古参である。因に藤院氏が特老ホーム「桜ヶ丘寿徳苑」の開設に際して、野田毅代議士書の「桜ヶ丘寿徳苑」の刻銘(二面の写真)が設置された。理事は他にY病院理事長のY氏、野田後援会幹部のO氏、C病院理事長I氏、建設資材販売M社長、I氏が経営していた病院事務長のA氏らであった。
  平成十七年五月二十八日開催の理事会では、藤院了幸前理事長を支援し、桜ヶ丘福祉会の立て直しが協議され、外部からの支援を仰ぐ決定がなされた。各理事等の推薦で三人の名前が上ったが、一人は間もなく辞退し、県下で事業を展開しているドゥ・ヨネザワ且ミ長米澤義一氏、社会福祉法人星峰会理事長東三起夫の二者が残った。
  同年五月頃、ホテルキャッスルにI氏ら理事が集る中、米澤氏は五億円の銀行残高証明書を持参したが、落水氏(東氏代理人)は「個人情報だからここでは出せないが、証明書は十時理事長に預けている」と話し、I氏が十時氏に確認した所「預っている」との回答を得たので「今後、この二者から選ぶ」事を決定した。しかし、当時在職していた六人の理事は米澤支持派(Y、I、Aの三氏)落水(東)支持派(十時理事長、O氏、M氏)と真二つに割れてしまった。何度かの話合いが持たれたが並行線のまま推移した上、当初目的とした藤院氏支援の線が薄れ、桜ヶ丘福祉会の分取り合戦の様相が強まっていった。
  藤院氏が後援会長を務めていた元市議のS氏が活動しだしたのもこの頃からである。因にこのS氏は藤院氏の古い知人で、藤院氏が後援会々長を務めていた事もあって落水氏を十時氏に紹介した事から「落水氏が紛争解決に介入する様になった」と関係者の一人は語る。落水氏とS氏は積極的に動いたが、遣り方は策謀に満ちたものであった。即ち、十時理事長らと話を進めながら、米澤支持の理事らと接触、更に東氏らとも話を進めていた。その為、東氏らが「個別に話を進めるのをやめ、関係者全員で話したらどうか」と落水氏に提案したが「それでは話がうまく纏らない」と云って、決して全員を会わせようとしなかった。


落水清弘市議
土嚢袋に一億円路上で渡す

 米澤氏(ドゥ・ヨネザワ)が示していた五億円支援の内訳は寄付三億二七五万円、不動産買受け一億四千万円。執行条件は理事(兼評議員)二名当社指定。
  落水、東氏側は、寄付三億五〇〇万円、不動産買受け一億円、ケアハウス用地七千万円は貴法人の裁量に委ねる、というものであった。
  双方の提案に大差はなかったが、理事六名が三名ずつ分れていた為話合いは行詰ってしまった。
  この事態を打開する為、落水氏はM理事にI理事と話合う様依頼、M理事はI理事と交渉。その結果、平成十八年四月頃M理事から落水氏に「I理事らは一億円で理事を下りる事で話がついた」と報告があり、落水氏も了承した。落水氏に手持ち資金はなく、この一億円を五月二十九日の理事会までに作る必要性に迫られた。落水氏はS氏を通じてHクリニック、K院長と前もって相談していたらしく、K院長が一億円を用意したと見られる。K院長は義父のN氏を頼り、N氏は信用金庫から借入れたと見られる。
  平成十八年五月に入ってI理事と退任についてM理事が交渉、理事会が開かれる五月二十九日午前中にI氏が理事長を務めるC医院の理事長室で現金を手渡し、午前十一時から開かれる理事会でI氏ら三人は理事を下り、落水氏を新理事長に就任させるとして話合いは結着した。以下M理事(当時)の陳述書から。
「私は平成十八年五月二十九日、落水氏から野越団地裏の路上で土嚢袋のような袋に入った現金一億円を預かりました。落水氏は運転してきた自動車のリアドアを開けて現金一億円の入った袋を取り出し『先輩、持ってきました』などと云って、私にその袋を渡したのです。私が袋の中を確認したところ、帯封の異なる二種類の札束が大量に入っていました。なお、私はきちんと一億円が入っているかは確認していません。野越団地の裏で現金の受渡しをしたのは、I氏に野越団地の近くにあるC医院の理事長室で一億円を渡すことになっていましたので、落水氏にここまで持ってくるよう指示していたからです」(以下略)。
  その後、M理事はC医院に行き、I理事に袋を渡し、I理事が名刺に「本日確かに¥100、000、000円預りました」と書き押印したのを貰った。桜ヶ丘寿徳苑への帰途、金額を確めたら0が一つ足りなかったので引返して再度書いてもらって寿徳苑に戻り、I理事に一億円渡した事を伝えた。Y理事が携帯でI理事に確認、落水氏を新理事長に選任した。Y、I、Aの三理事は辞任し落水体制が発足したのである。


 熊本県警は、去る八月十二日熊本市海路口の海産物卸商「川上海商」(川上鉄彌社長)を強制捜査、川上社長ら四人を関税法違反容疑で逮捕した。直接の容疑は、昨年十月三十一日、中国船籍の貨物船からアサリ80屯を輸入し、その内の8屯を長崎税関三角出張所長の許可なしに商社に売ったというもの。同社は以前から中国船を使って北朝鮮産アサリや、中国産アサリを輸入、熊本産、有明産として出荷していた。通常輸入したアサリは税関の検査を受けた後、貝毒検査の結果が判明する迄海中で一時的(数日間)保管する。川上海商は、この検査結果が出る(税関三角出張所長の許可)前に8屯を出荷(関税法違反)したというもの。その他、このアサリを熊本産として販売したJAS法違反容疑もかかっている。出荷先は主に関西の商社で一部は東京方面に流通している。川上海商については以前から産地偽装の噂が上っており、中国産の他、北朝鮮産も多量に取扱っている。
  最近は人工衛星(GPS)等による監視の目が厳しい為、北朝鮮沖(公海上)で中国船籍貨物船に積替えられて熊本港に輸入されるという。特に冬場(十二月〜二月頃まで)は中国の採取場所が氷結する為、北朝鮮産が多くなると云われる。アサリや、うなぎなどの海産物の産地表示は「生育期間の長い場所」を産地と表示してよいとなっており、漁業者等は例え中国産アサリであっても「有明海で一年以上養殖した」として有明産を名乗るのである。しかし、実際は、左の写真の様に一、二年物を輸入しており、原産地で成育したのが殆どである。
  某業者は「稚貝を輸入して放流し、一年がかりで採取、販売したのでは儲けが少い。長く入れても一、二カ月ですよ」と実情を打ち明ける。
  平成十八年十月五日付毎日新聞は、有明海のアサリ漁について「アサリ大漁、前年比六倍強」の見出しでアサリが覆砂効果で採れだした、と報じた。又、昨年熊日夕刊は、紙面を大きく割いて某漁協のアサリが大漁だ「これもわれわれが地道に砂を敷いた覆砂効果の結果だ」と語る某漁協の組合長(誇らし気に写っていた)の写真入りで報じた。これを取材した熊日記者に云いたい「この男と、この男が組合長を務めている漁協が一番悪質な漁法を行っているのを知らないのか」と。
  この漁協は、他の漁協が採れても海に戻している小さな貝(殻幅三、五分以下漁業調整規制)は採るわ、密漁はするわの悪評だらけの男で、過去にも密漁容疑で検挙されている。「覆砂効果でアサリが採れだした」のであれば今年も去年並か、それ以上採れて当然と思うが、KKTの本年三月十八日の夕方のニュース(六時二十分頃)によれば「昨年は一日当り一〇屯採れていたアサリが今年は不漁で二〇〇sしか採れない」と報道していた。八〇年代の最盛期は年間六〜七万屯の水揚げがあったが、現在は四、五千屯である。
  所が各漁協が水揚げしたアサリは県漁連で入札に掛けられるが、昨年のある時期、他漁協が一日三〇〇袋(一袋12キロ入り)前後出すのに、この悪徳漁協は一、〇〇〇袋出していた。理由の一つは「某商店が持っている養殖場の輸入アサリを掘ってくる為」と業者の間で評判であった。入札参加は地元4、県外4の商社と云われる。


熊本県警執念の捜査
圧力排除で警察庁助力?

 熊本県警と南署は、本年三月に川上海商を関税法違反で強制捜査を行っている。しかし、この時は何故か結果を出さないまま捜査を中断した。事情通によれば「川上と近い某議員が介入、捜査を止めた」という。そんな事が出来るのか疑問だが、小紙の取材で「全くあり得ない事ではない」事が分った。川上海商の不正行為に関する情報は、昨年八月頃小紙は入手した。県警も多分この頃と思うが目下の所情報提供者(チクリ)は二業者の名前が上っている。一つは川上海商と競合する立場にある業者(経営不振の噂あり)で、あと一つは確認出来ている某業者で、小紙はこの情報で動いたのである。
  取材作業を始めて間もなく、小紙が情報を回していた某記者から連絡が入り「今熊本港に来ている。中国船からアサリが運び出されている」との連絡が入り熊本港に急行した。筆者が着いて間もなくT運輸の一〇屯トラックが熊本港の敷地から出て行った。あと一回位は戻るかと待つが、結局このトラックが最後であった。記者に「戻りそうにない。積出しは学料港と聴いていたので行こう」と誘って同港に着いた時には、トラックから貝は下されていた。「貝が落ちている筈」と二人で積出し場所に行く。そこにはアサリと、氷塊が多数落ちていた(写真参照)のをビデオに撮り、貝を拾って漁業者の所に持参した所、即座に「中国産のアサリ」と断定された(この時の輸入量は60屯)。川上海商は川口漁協と住吉漁協の境界付近と大矢野、有明に養殖場を持っている為、この日のアサリがどの養殖場に持込まれたか確認は出来なかった。次は商社が納めているスーパーなどから逆に辿るしかない」と思ったが、時間がなく、とろとろしている間に県警の捜査が入ったのである。県警は前回(三月)に懲り極秘に事を進め「警察庁に上げ関西も同時に着手」したと云われ、悪徳業者を挙げる執念を感じさせた。捜査本部では漁業従事者や、養殖業者、漁協関係者数十人から事情聴取を行い、証拠固めを行ったが、最終的には川上社長が一切の責を負う様である。同社は昨年三月一日も熊本港に入った中国船から二千屯の内千屯を、あと千屯は丸恵が輸入したと見られており、年間五、六千屯を輸入していると見られている。その内の九〇%以上を地元漁協の名前を使ったり、熊本県産として出荷していたと見られている。その所為か、関西で「熊本産」アサリの信用は急落しており、真面目な業者は「迷惑極りない」と怒りを隠さない。この件別の角度で調査中と云っておく。
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